言葉変換『もんじろう』用アイコン 15年住んだ家   

2014年 07月 16日

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(家の前にとめたダンプスター。いらない粗大ゴミをばんばん放り込んでいく)




家の売却が終了した。
次に住む家も見つけた。
現在、アパート暮らしをしている。

「おやつ」とは何の関係もないが、ボチボチとその辺りのことを書いておこうかな。

今回売却した家は15年半住んだ。

その前は集合住宅の3階に住んでいて
2歳半となった息子がパタパタと家の中を走り回るたびに階下のゲイカップルから苦情がくるようになり
引っ越しを決意したのだった。

以前にも書いたような気がするが
いつでもお金のないワタクシたちが買った家は、家の斜め前はクラックハウス。
暗くなると通りの角にはドラッグディーラーが立つようなうらぶれた通りの中で売り出されていた同じような3軒の中で、最もボロくて安い物件だった。

しかもその家はリーガル2ファミリーの所を無理くり3ファミリーに違法改造した家で
購入時にはテナントが3家族入っていた。
そのうちの一人のオバハンは犯罪者だったらしく、後々FBIがウチに尋ねてきていろいろ調べていった。

テナントを全員追い出し、イリーガル状態を2ファミリーに直して銀行のモゲージ審査を通し、家中ぶっ壊して自分たちの手でリノベーションした。

そんな環境だったから、校区なんかサイテーである。
同じブロックにある小学校は、第一言語がスペイン語の児童が全体の96%のマンモス校で、学力レベルも学区内で最低ランクだった。
だから息子はその、自宅から歩いて1分の小学校には通わせず、車で20分のマグネットスクールに入れた。
英語も日本語もままならない息子に、もうひと言語増えるのはいくらなんでも無理だった。

家を買うときはスクールランクを見ましょう

っていうのは、アメリカの不動産売買の常識である。
予算の乏しい私らはその常識をぶっちぎるより他なかったのである。

そこに住んで5~6年経ったぐらいからか。
路上駐車の車の種類が変わりはじめた。
今どきどこでこんな車買えるねん 的なオンボロ車展示場のようだった我がストリートに外車が増えはじめ、路上駐車もむずかしくなってきた。
現在ではそのほとんどがBMWやレクサスなどの高級外車である。
隣のローラちゃんちなど、ベンツとトヨタの2台所有だ。
このあたりはガレージのついた家などほとんどない地域で(1920年代の家ですから)
車をとめる場所を探して30分以上ウロウロするのが当たり前になってきた。
それも家を売るひとつの大きな動機となった。

私は元々、金持ちばっかり住んでいるところは嫌いである。
金持ちに限らず ○○ばっかり っていうのが苦手である。
中国人ばっかり とか 共和党員ばっかり とか、そういうのも困る。

この家はあれよあれよという間に周囲のジェントリフィケーションが進んで
ひねくれもんの私らにはすっかり住みにくい街になってしまった。

家を売ることにしたのは息子の学費捻出という理由もあるのだが
自分たちにふさわしい場所に移りたい、という気分も大きかった。

家は速攻売れた。
1度のオープンハウスに75組150人やってきて、10組を超えるオファーがあった。
アスキングプライスに、25万ドル上乗せした額で競り落とされた。
15年前に買った価格自体、25万ドルもかかっていないのである。
恐ろしくてサブイボたちまくりである。

購入したのは4歳と2歳の女の子がいる夫婦。
一番の購入動機は、同じブロックにある小学校に通わせたいからだという。
15年前、息子を通わせるのにためらった、スパニッシュばかりの程度の低い小学校は数年前新しい校長が赴任して大改革が行われ
今や学区で1、2を争う人気校になっていた。

お隣のローラちゃんのお母さんも、その小学校に通わせたいから引っ越してきた、といっていたな。

私らは資産運用の知識などまるでない、普通の貧乏ったらしいオッサンオバハンである。
今回家が高く売れたのはタマタマであり、理由をあげるとしたらニューヨーク市の人口が増えているせいである。
そして私らは往復ビンタを3千発くらうぐらいの税金を払わねばならないし
次の買う家も相当なボロ家に鼻血も出ないぐらいの額を支払わなければならない。

まあここでナンボ愚痴ったところで、私らは儲かったのだから、嫌みな話であろう。

家を引き払うとき、DIYしたキャットゲートも取り払った。
そしたらクロージングのとき キャットゲートがなくなってて残念だよ って言われた。
新しいオーナーは猫を2匹飼っているらしい。

大切に住ませてもらうわね と奥さん。
バラも丁寧に面倒みるからね と言ってくれた。

私らが息子を育てた家で、新たなファミリーが子育てしていくと思うと
とても微笑ましく、手放しても何も惜しくないと感じるのだ。
あの広い庭で小さな女の子が二人走り回っている姿が目に浮かぶ。

あの家を一番必要としている家族に引き渡せて良かったな、と思う。
投資目的のギラついたオヤジになんか売りたくなかったから。

子育てを終えた私たちは、よりこじんまりとした次の住処を探す予定だった。
ところが。
(続く)
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by brook2015 | 2014-07-16 01:00 | その他

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