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言葉変換『もんじろう』用アイコン 私の宝石物語   

2015年 10月 30日

私は大きな石の付いた指輪を二つ持っている。
ちょっと長くなるけど、その話を覚え書きを兼ねて書いておきたい。

話は私の母方の祖父にさかのぼる。

祖父はあの頃、中国東北部、旧満州のソ連との国境付近の村で大農園を営み牛馬を育てていた。
祖母との間には5男1女がいた。
その、6人きょうだいの中の唯一の女の子が私の母である。

母はハルピン生まれ。
中国人のばあや や ねえや に手厚く世話されながら、蝶よ花よと育てられた。
母はいまだに当時の女王様気質が抜けず、頭にくることがしばしばある。

やがて戦争が終わり、祖母は子供たちを連れて日本に引き上げた。
ただの一人も残留孤児にしなかったのが、祖母の誇りだった。

祖父はというとソ連軍に捕まりシベリアに連行された。
日本に帰国できたのは1956年。
実に10年もの抑留生活を送った。

とはいえ、家族は祖父のことをとっくに死んだものだと思っていた。
シベリアに抑留されていたなんて、全然知らなかった。
帰国の2年前に突然シベリアにいる祖父から手紙が届き、生きていることを知ったのだった。
そして日ソ共同宣言が発行された年に祖父は帰国した。
11歳で終戦を迎えた母は、22歳になっていた。
父と結婚する半年前のことだった。

シベリアに抑留された人の大半は(かの地で非業の死をとげた方をのぞき)2〜3年で帰国している。
何故祖父が10年余の長きに渡って抑留されていたかというと、戦争裁判で戦犯として25年の刑を課せられたからだ。
何故農場経営者の祖父が戦犯として裁かれたかというと、祖父は実は関東軍特務機関に属する諜報部員、つまりスパイだったからだ。

母はそのことをまったく知らなかった。
祖父がシベリアから戻って、はじめてその事実を知ったそうだ。

そういえば……ときどき馬にのって出かけては2〜3日家に戻らなかったことがあった。
国境付近の偵察に行っていたのかもしれない。


と母は言った。

祖父はシベリア抑留時代のことをほとんど喋ろうとしなかったし、すでに他界しているので、詳しいことは分からない。
息子はスパイだったひい爺ちゃんに憧れ、しばらくの間スパイになるべく自主連していたりしていた……(懐かしー)。

話をシベリアに戻して(笑)、かの地で祖父は大工をしていたという。
手先が器用なので重宝がられ、特別給金が出たりした。

ほかの抑留者は給金を手にすると酒やタバコを買ったりするところだが、祖父は酒も飲めずタバコも吸わないので給金を使わずにいた。
10年も抑留されていたのだから、使わなかった給金はささやかながらまとまった額になった。

そしていざ帰国、となったとき。
ソ連のお金なんか日本ではただの紙くずである。
祖父はその金で、家族への土産を買った。

といってもかさばるものは持ち帰れないので、息子たちには万年筆、妻と娘には指輪を買った。

冒頭で書いた「大きな石の付いた指輪ふたつ」とは、その指輪のことなのである。

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母の指輪は写真の、薬指のものだ。
私が22歳のとき、この指輪を母にもらった。

私にくれるまで、母はこの指輪を引き出しの奥にしまったままにしていた。

なんだか冴えない色で、いかにも旧ソ連らしいセンスのない洗面器みたいなダサいデザインだし、付けられたもんじゃない。

と言っていた。

私はこの指輪を、大手宝石チェーン店に就職した親友のところに持っていって、石の種類と本物か偽物かを調べてもらうことにした。
ついでに「洗面器みたいなダサい」台座のリフォームもお願いした。

その結果、この石はアレキサンドライトだと言われた。
リフォームを担当した職人さんは ルースで60万円ぐらい、まわりにメレダイヤをちりばめて500万円ぐらいの指輪に仕立てる感じですかねー などと言うのである。

言われてみると、お日様の光で青緑、白熱灯で赤紫に変色する。
そんな値打ちのあるものだとは思ってなかったので母に返そうとしたら いいから持っとけ と言う。

私は宝石に興味のないオンナである。
結婚指輪もここ20年ぐらいしていない。
セメントを手で混ぜるのに邪魔だから。

だから私もこのアレキサンドライトを引き出しの奥にしまいこんだままにしていた。

さて、年月はざーざーと流れ、2005年のことだ。
アルツハイマーを発症した祖母が、スパイじいちゃんが祖母に与えた指輪を母に渡した。
母がその指輪を見るのは50年ぶりだった。

祖母はその指輪を本当に大切に大切にしていたのだろう。
どこかにしまい込んで誰にも見せなかったし、そんな指輪があること自体息子たちやその嫁に悟られないようにしていた。

前のエントリーに載せた写真の、中指の指輪は、どうみてもサファイアである。
しかもかなり大きい。
祖母は祖父の貴金属に対する目利きを信用していて(何しろ昔は金持ち)
その指輪が家庭騒動の元になるのを怖れていた。
そしてこっそりと一人娘に譲ったのだった。

その年の夏実家に帰省した折、新聞の折り込みチラシを見ていたら
地元のデパートで「宝石お直し会」の催しがあるのを見つけた。

タンスの奥に眠っているジュエリーをリフォームしませんか?
無料で鑑定・鑑別いたします。


と出ていたので、母と二人で祖母のサファイアの指輪を見てもらうことにした。
名のあるデパートの催しなら、いい加減な業者じゃないだろう、プロがやってくれるだろう、と思ったから。

そしたらその鑑定人がエラい興奮して言うには

これはカシミールサファイアですよ。
購入した年代と場所からいっても間違いありません。
私も本物を見るのはこれで2個目。
カシミールサファイアの特徴としてシルクインクルージョンといって
白いもやのかかったような内容物があるものが多いのです。
この石がやっかいなのは、そのインクルージョンすらほとんどない。
先日取引されたカシミールサファイアのリングはもっと小さいもので1200万円でしたから
これだと1800万円ぐらいですかね。


などとヌカすのです!

スッピンにつっかけを履いて豆腐を買うようなナリでいた私は、ちびまるこちゃんの額に3本線が入るような顔になり、そんなものをもってブラブラ街を歩いている場合ではないと、タクシーにのって速攻家に帰った。

帰宅すると、母がそのサファイアの指輪を私にくれると言う。
私は そんな恐ろしいものは欲しくない そんな高い宝石、どこに付けていけるっちゅーねん と言って断った。
さりとて、「そんなの付けてどこ行くねん問題」は母も同じ。
外国に住んでいるのだから困ったら売ればいい、などといって私に押し付けた。

そして私はアメリカに戻って貸金庫を借り、家の権利書と一緒に二つの指輪を入れてそのまま放置。
またまた月日はザーザーと10年ほど経ったのであった。

 ………………………………………………………………………………………

私は二人きょうだい。
兄が一人おり、その兄には娘・娘・息子の3人の子供がいる。
その一番上の姪っ子がこのたび結婚することになった。

私は兄と仲が悪いが姪は可愛い。
結婚祝いをどうしようかなーと考えているうちに、ふたつの指輪のことを思い出した。

姪はプロのバイオリニストである。
私が生まれてから1度も着たこともなければ、今後も着ることもなく死んで行くに違いないようなお引きずりのドレスを何十着も持っていて、それでステージにあがる。

姪なら、あの宝石たちをしまい込んだままにせず活用してくれるだろう、と思った。

「姪の結婚祝いに宝石を贈る」 というアイデアが浮かんで、10年ぶりに貸金庫から指輪を取ってきた。
どちらを贈ろうか、二つとも渡そうか、などと色々考え、現在の宝石相場をネットで調べたりするうちに、大きなクエスチョンマークが頭の上に点滅しはじめた。

カシミールサファイア
は現在まったく産出されず、宝石業界の人間でも一度も本物を見たことのない者がほとんどである。
現在1カラットあたり500万円で取引される。

アレキサンドライト
特にロシア産のものはほとんど市場に出回っていない激レア・ジュエリーであり、大きな石は99.999%偽物である。
それが1902年にロシアから移民してきたお婆さんから譲り受けたものでも、そのお婆さんの名前がエカテリーナでも(!)、ロシア産アレキサンドライトと言われる宝石は、ほぼ偽物である。

などという話ばっかりである。

いくら私がアルコールに脳を冒されたおいぼれでも、宝石業界の人間も見たことのないサファイアと、本物なんか99%ないんだと言われているアレキサンドライトが、ふたつとも自分の指にはまっている、などと言いはれるほど目出たいお馬鹿さんではない。

それに10年抑留されていたとしても、元捕虜の囚人の給金で、60年前だって相当高価だったに違いない本物のサファイヤやアレキサンドライトなんか買えるものだろうか。

いくら一人で頭をひねっていても、正しい答えなど出てくるはずもない。
そこで一度きちんとした鑑定期間で見てもらい、この宝石どもに引導を渡してやろう、という気持ちになってきた。

そのへんの質屋や宝石店じゃなく、誰もがひれ伏すような世界ブランドの鑑定機関。

ダイヤモンドの鑑定だと、アメリカのGIAという機関が権威らしい。
色石の場合、産地鑑別レポートで信頼できるのは、スイスのGubelin (グベリン宝石研究所)とアメリカのAGL(American Gemological Laboratories)の、世界でこの二カ所だけしかなく、スイスのグベリンは個人客の依頼は受けない。
となると、アメリカのAGLに依頼するしかないのだが、これが運よく家の近くである。
行きつけの歯医者の50歩先ぐらいのところにある。

まだ2%くらい 本物かも っていうスケベ根性が残っているので、郵送依頼したりするのは嫌なのだ。
歯医者の帰りにAGLに指輪を持って行った。

そして本日鑑別結果が出た。

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両方とも偽物だった。
いや、正確にいうと偽物じゃないな。「人造石」というのかな。
ガラス玉じゃなく、ラボで作られた石だった。

ああーやっぱりなー っていうのが正直な気持ち。
良かったわ〜、姪にどや顔で偽物の宝石なんかプレゼントしなくて。

スパイじいちゃんはこの指輪を本物と思って買ったのかな? 偽物だと分かっていたのかな?
50年間(祖父亡き後40年間)絶対に本物だと思って大事ににしていたおばあちゃん。
たとえ本物でなくても、祖父がシベリアから持ち帰った指輪には何ものにも代え難い値打ちがあることにかわりはないのだが、どないなっとんねん、日本の宝石業界の目利き能力は!(笑)

今回の宝石フィーバーにあたり、シベリア抑留のこともたくさん調べた。
私はほとんど何も知らなかったし、母に聞いても同様だった。
以前は「シベリア抑留」と聞いても記号の一つにしか感じられず、映画の中の話のようだった。
今はそんなひどい体験が10年の長きに渡りほかならぬ自分の祖父の身に起こったことに、身震いする思いだ。
「共産党」という言葉すら嫌いになった。

この指輪を見ていると、今は亡き祖父や祖母の顔が浮かんでくる。
もう一人、アレキサンドライトの指輪を直してくれた親友の顔も。
彼女も数年前に乳癌で死んでしまった。
ほんのひとかけらでも彼女のことが頭をよぎると、会いたい気持ちで目の奥が熱くなる。

私は指輪を、ほかのアクセサリーを入れているオルゴールに入れて蓋を閉め、鑑別書を片付けた。

姪には何か別のものを贈ろう。
そしてこの指輪たちはもうしばらく私が持っていよう。
貸金庫も解約しよう。

私がいつか芯からヨボヨボになったときこの指輪をもらってくれる人が現れたら、「私の宝石物語」を知ってもらいたい。
その時まとまりのある話ができるかどうか自信がないので、ここに書き記しておく。
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by brook2015 | 2015-10-30 10:31 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 息子のフレッシュマン終了   

2015年 05月 18日

大学のファイナルの試験が終わり、息子が家に戻って来た。

息子は大学をクビにならずにすんだし、メリットスカラシップも引き続きもらえることになりそうだ。

前期にFを二つ、Dを一つくらった息子。
GPAをスカラシップ継続条件にまで引き上げるために、息子は後期相当頑張らねばならなかった。

よく頑張ったね とは思う。思うが。
頑張りゃほぼAが取れるのだから、最初から頑張っとけよ、と正直思う。

メリットスカラシップを貰えないとなると、返却不用の3万5千ドルものタダでいただけるお金がぱーになる。
そんなことは最初から分かっていたはずである。

3万5千ドルの金をローンで返そうと思えば、利息なしでも月500ドルを6年近く返済しなければならない。
それがオノレの身に現実に起こるというリアリティーをありありと息子が感じたのは前期とんでもない成績をとった直後ではなく、親やガイダンスカウンセラーにガーガー言われて初めてである。

高校んときと同じ甘い感覚だった
 とつぶやいた息子。

親の私はずっとずっとずーーーーっと同じことを言い続けていたんですけどもね!!!!!

やっぱり自分で痛い目に合わないと骨身に沁みないってことなんでしょうね!!!

私は銭銭言う人間である。
お母さんはすぐカネって言う と息子にも言われている。
尊敬する西原理恵子先生の母君の格言「銭がないのは首がないのと同じ」を銘に生きている。

かといって貯金のひとつもできないダメ人間なのであるが
不注意や努力不足一発で3万5千ドルもの銭が飛んでってしまう、なんて状況など絶対に許すことはできない。

息子にその感覚が育っていないのは、自分で払っていないからである。
自分で学費を払っているなら、1コースあたり800ドルだったか1500ドルだったか忘れたけれども(笑)
Fを取りオノレの800ドルか1500ドルをドブに捨てるなんてことができるはずもない。
それともアホにはそれができるのだろうか。

フレッシュマンの1年間、息子はワークスタディという名のスカラシップも貰っていた。
これは大学で働いた分を学費に回すシステムである。
息子は非常に真面目にワークスタディに取り組み、頼りにされ、割当分以上の時間を働くこととなった。

親としては息子に長い夏休みの間も何かしらの労働をしてもらいたかった。
その給料が学費になる、ということを身に染みさせたかった。

しかし息子は家の近所のコミュニティーカレッジで苦手なリベラルアーツ系のクラスを取り、クレジットの足しにする計画である。

それが終わったら日本に行き、笛の師匠のコンサートツアーのボーヤをすることになっている。

家事手伝いをするよ と言っているので、思い切りこき使ってやろうと思っている。

ウチの家事は床板を張ったり壁を剥がしたりコンクリートをこねたりすることも含まれる。
覚悟しとれよ!
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by brook2015 | 2015-05-18 08:46 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 椎間板ヘルニア   

2015年 04月 19日

私は8年前に椎間板ヘルニアを患ったことがある。
それが3月のはじめに再発した。
前回は左脚、今回は右脚である。

椎間板ヘルニアを患った人が異口同音に言うのは

なった人間でなければあの痛みは分からない


というものだ。

もう本当に脚がいたい。
ナイフでグサーッと刺されたような
何千本もの針を一気に突き立てられたような
そんな痛みが1日24時間、何日も何週間も続くのである。

私は息子を一匹産み落としたことがあるが
出産の痛みなど椎間板ヘルニアの痛さに比べたら屁のカッパだ。
陣痛には波があって痛みのない時間があるし
産んでしまえば痛くなくなる、という希望というか目標もある。

椎間板ヘルニアはゴールの見えない激痛との戦いなので
精神が病んでしまう人も多いのだ。

そしてこの疾患は基本、痛み止めを飲んで耐えるだけである。
「手術」という選択肢はあまり取られない。

そんなわけで今回、発症して後2週間ほど痛み止めを飲んでのたうち回っていたが
もう何もかも限界になって医者に行った。

案の定、処置的には痛み止めを処方されただけである。
それと今回はMRIを撮った。

皆さん知ってますか。
アメリカでMRI1回の費用は5000〜6000ドル(60〜70万円)なんですよ。
私の加入している健康保険はヘッポコ保険なので
ディダクティブルは6000ドルなんです。
検査だけでひと財産飛んで行きましたけども
それでも医者にすがらずにはおれないあの痛み。

さらには椎間板ヘルニアのためにとったMRIには婦人科系の「あやしいもの」も映り込んでおり
婦人科にも行かなければならず
さらにそのための検査をいろいろ受けねばならず

その後PT(フィジカルセラピー)通いも始まった。

なんか自分がボロゾーキンになったように気持ち……。

前回の椎間板ヘルニアでは、一晩中ぐっすり眠れるようになるまで3カ月かかった。
現在痛みはずいぶんマシになってきたものの、普通に歩けるようになるまであと1〜2カ月はかかるのだろう。

それにしても、なんぼヘッポコとはいえ健康保険に入っていてよかった。
オバマケアさまさまである。

そろそろ次期大統領選に出馬表明する候補者が出てきたが
共和党候補はそろいもそろって「即座にオバマケアを廃止する」って言っている。
なんでそんなに得意げに言うのか意味わからんし。
ラッスンゴレライぐらい意味分からんし!

私はヒラリーを応援するで。
NY州の子供にChild Health Plusを作ってくれたヒラリーを。
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by brook2015 | 2015-04-19 00:12 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン ハラへり息子、帰ってくる   

2014年 09月 08日

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夕方5時のハワイ虹。
こんなにくっきりと根元まで見える虹を、初めて見ました。




なかなかトホホな感じで大学へと旅立った息子。
今週末、家に帰ってきている。

彼の場合は「ホームシック」とはちょっと違う。
単純に、ご飯を食べに帰ってきているのである。

大学に行ってから電話もメールもなく、自由を謳歌したはるんかな などと思っていたのだが、突然帰って来られても食材的に困るので、帰るなら木曜日中に連絡してほしい旨メールしたところ、ホイホイと帰ってきた。

すき焼きを食べさせた。
久しぶりの醤油味がしみる~ と言って3杯飯をかきこんでいた。

食べ物に困っているらしい。
そらそーでしょーよ。
久しぶりに肉を食べた なんて言っている。
ほとんど野菜と米だけ食べているそうである。

私はウッカリ忘れていたのだが、息子は「まずいものを食べるくらいなら絶食する男」であった。
サラダならドレッシングに気をつければ大丈夫なのであろー。
電子レンジでご飯が炊ける容器と田牧米を持参していて、それを食べているらしかった。

これも完全に育て方を間違えた一例である。
アメリカで大学に行くなら、マズいものも食べられる人間にしておかなければ本人が苦労する。

大学から我が家まで、うまくいけば片道2時間弱、13ドル。
このまま単身赴任のオトーサン的に毎週帰ってくるつもりなのだろうか……。

ルームメートはアルトサックス吹きの常識人でホッとしている、という話だ。
ドームの地下に朝10時から夜11時まで使用可の練習室が多数あり、大学が始まって初週ということもあって空いており、練習場所には困らないらしい。

早々にアンサンブルのクラスを決めるオーディションが開催されたのだが
カーテンオーディションだったそうだ。
(応募者は番号で呼ばれ、誰なのか分からないようにカーテンで仕切られた向こう側にジャッジがいるシステム。コネや利害関係を排除してより公平な審査をするために行われる)

審査も2次審査まである。院生含めて同じ楽器が15人しかいないのに。
息子が通った高校もなかなかの弱肉強食だと思ったが
大学はプロフェッショナルを育てるマジの場所なのだという印象である。

息子は小さい頃から、誰一人知り合いのいないpre-K、キンダー、中学に放り込まれ
仲良くなった友達はことごとく引っ越して遠くに行ってしまう、という暮らしをしてきた。
だから、新しい環境でウジウジするような男ではない。

州立大学のフレッシュマンの2割は最初の2週間で辞めて行く、という話だが
息子のドームにも3日目で姿を消した人が複数いるそうである。

息子のスケジュールを聞くと、アカデミックはなんとEnglishのナントカWritingのみ。
あとは全部音楽関係だそうだ。
この大学の音楽部は、コンサーバトリーと同等である。
息子にとっちゃパラダイスであろー。

一番の問題はやはり「食」で、先週の空き時間は、練習するかマシな食べ物探しに明け暮れたそうだ。

もしピッツバーグとかロチェスターとかに行ってたら……
 と私が言った時点で
死んでました と息子即答。

まあエエやん、週末ご飯食べに帰ってくれば。
近い大学で良かったがな。なるようになっとるがな。
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by brook2015 | 2014-09-08 05:07 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 息子、入寮   

2014年 08月 31日

新居のバックヤードに生息していた方。
コネチカット方面にドナドナされていきました。

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お母さん猫はまだウロウロしている。
確実にハラが膨らんでいる。
どうしましょう。

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ハワイの話はおいおい書くとして。

本日息子が大学の寮に入りました。

息子は18歳になった今でも本当に頼りなくて
それはすべて私の育て方のせいなのでしょう。

頼りないから手をかけ過ぎる。
だからずっと頼りないままで来てしまったのです。

かといって手をかけないとどうなるか。
とんでもないことになるワケです。
本人のみ困ってくれれば構わないのですが
火の粉は確実に親にも飛んできます。
大迷惑もいいところです。

だから忘れ物はないか、〆切りは守れているか、
ついつい先回りして私がやってしまう。
息子のため、というより、自分のためにやってしまう。
それがダメなんです。分かっています。

息子はもう家を出るわけですから、入寮に関することは、今度こそ全部本人にやってもらうことにしました。

すると見事なまでに何もしませんな、息子。
荷造りを始めたのは昨日です。
入寮日の前日です。

もちろん「あ、アレがない」「買いにいかなきゃ」ってモノが発生します。
私は知らん顔です。
前日の夕方に、自分で買いに行っておりましたよ。

翌日(本日)、シャミおともども親子3人で車に荷物を積み込み、大学へと向かいました。
大学は家から車で1時間。
近いっちゃ近いです。

このまま無事に大学に到着し、何ごとも起こらないわけがありません。
シャミおも私もまったく息子を信用しておりません。
絶対何か忘れ物をしているだろうし、出なければならないオリエンテーションやレクチャーの一つや二つ、すっ飛ばすだろうと思っています。

まず、息子がGPS に入力した寮の住所が間違っている!
GPS通りに行こうとするシャミおを制して、私のケモノの感のケモノ道へ進路を変更し、無事に正しい場所に到達しました。

荷物を車からおろして大学のカートに積み込み、息子は鍵をもらいに受付へ。

さあ皆さん、息子は鍵をもらえません。
きたきた。きましたよ~。

鍵をもらうにはフォトIDが必要なのに、息子はそれを持参していないのです。

結局泣きをいれて寮の鍵はもらえまして、荷物を部屋に入れることはできたのですが、
大学のIDカードをもらうには絶対ににフォトIDが必要だと言われます。
そりゃそーです。
この大学のIDカードはクレジットカード的に使えるもので
大学構内、周辺の店や交通機関の支払いに使用可能。
さらにはカフェテリアのミールプランもこのIDカードを提示して利用額がさっ引かれる、学生の命綱のような存在なのです。

荷物を部屋に入れ終わると、私とシャミおは息子を車に乗せて家に戻りました。
全員無言です。
往復2時間のドライブですから大した距離ではありませんが
精神的にどっと疲れてしまいました。

再び息子を大学まで送ることはできなくもないけど
なんかもう嫌になってしまった。

息子はパスポートをポケットにねじこんで、お母さん本当にごめんなさい と言い
地下鉄と電車を乗り継いで大学に戻っていきました。
それだと3時間ぐらいかかるのですが、そんなことは知ったことではありません。

長い間、息子が家を離れる日は泣いちゃうだろうな、などと想像していたけれど
そんなドラマチックな展開にはまったくならず。
ウチの息子はサスガである、という思いを強くしただけのトホホな一日となりました。
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by brook2015 | 2014-08-31 07:38 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 猫・へんな庭・お隣   

2014年 08月 18日

新しい家の庭には猫が住み着いている。
ウォークスルーのときソレを発見した。

誰かが勝手に我が庭に小さな猫小屋を置いていて
中をのぞくと、なんと、子猫が5~6匹いるではないか!
まったく冗談じゃない。
ワシらは猫に取り憑かれているのか……。

シャミおは大喜びである。

家が広くて庭に子猫がいるなんて、酒はうまいしネーチャンはきれいだ、みたいなもんやん

などといってニヤついている。

アパートに戻ってタビちゃん(飼い猫)に

タビちゃんもお友達が欲しいよね~

などと気持ち悪いオッサンの猫なで声を出している。

翌日家に行くと、お隣のガレージで一人のお姉さんが子猫の世話をしていた。
お隣さんに世話を頼まれたのだと言う。
(ウチとお隣さんはドライブウェーを共有しているため、お互いのガレージエリアへの出入りが自由。さらにはその気になれば誰でも入ってこられるのです)

今貰い手を探しているんだけどオタクも1~2匹どう? っていうからシャミおにガンを飛ばしつつ断りましたけどなにか?

そのガレージの横の区画は、緑の毛のはえた塀で囲まれた、意味の分からんスペースになっている。
↓こんな感じ。

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あまりにも訳分からん毛はえ塀はとっとと取っ払ってしまおうと、デモリションの業者に見積もりにきてもらった。
おっさんはこの塀を見るなり 前のオーナーはジューイッシュでしょう と言った。
こういう、緑の毛で覆われたスペースでなんかの儀式だか集会だかをする習慣があるのだそうだ。

すべてを踏み倒して夜逃げしたガールたちは、ここで何を祈っていたのであろーか。
シャイロック一味の不動産屋は オーナーが物置き場として使っていたから囲ってあるのさ なんてシラッと言ってたけど、オマエこの塀の意味を絶対知っとったやろ!
なんで嘘ついたんや!
気色がられるのが嫌やったんか!
なんかやましいことがあるんか! オラ!

囲いの中には売り主側が 絶対に片付けない! 片付けろなんて家を売ってもらっといてよくもそんな無礼なことが言えるな! とほざいた木の枝(大量)が残されている。
このやりとりの頃にはもう頭がおかしいとしか思えなくなっており、争わなかった。
処理に600ドルかかる。
えーワイそんなはした金!(ヤケクソ)

デモリションの日時をお隣に伝えようとピンポンしたが留守だったので、電話番号を書いたメモを残してアパートに戻った。
夜、男性から電話がかかってきた。

挨拶がてらいろいろ話したら、よい人そうなので良かった。

確か内見のときにお会いしましたよね? 犬の散歩をしてらした と言うと

あれは夫のデイビットです。僕の名前はトム と言われました。

……そうですか。ある意味嬉しいです。
男のゲイのカップルはセンスがよくてきれい好きの人が多いから。
ここがこりかたまったジジババのコミュニティーじゃなくて安心しました。

さて、明日よりハワイに行ってきます。
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by brook2015 | 2014-08-18 13:49 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン クロージング   

2014年 08月 17日

やっと新居のクロージングが終わった
ぎりぎりハワイに間に合った。

やっと、といっても2週間遅れぐらいだから大したことはない。
何故遅れたのかというと、売り主が家を片付けなかったからである。

売り主はその家に住んだことがない。
そのあたりに数々の不動産を所有しており、家丸ごとレントに出していた。

いや、レントに出していたんかな?
なんか怪しげな話をきいた。

とにかくその家にはガールたちが住んでいた、という話である。
そして家財道具の一切合切を残したまま、全員で夜逃げした。

内見したときは、家財道具一切合切残しのすさまじい有様であった。
ベッドマットだけで20個以上もあっただろうか。
女子寮かい! とつっこみを入れたくなるほどで
まー、本当にスゲー汚かったのよ。

直前に持ち家を売った私らは、毎日毎日せっせと掃除をしたのだ。
掃除ひとつで高値で売れるならナンボでもしまっせ、ぐらいの気持ちだった。

この売り主はそういうことは全然お構いなしで
相場というものを知ってるのか知らないのか
馬鹿 としかないような値段でそのゴミ屋敷を売りに出した。
それをまんまとウチが買った。

テナントが夜逃げした場合、ある一定期間残していったものを保管しなければややこしい、みたいな法律(条例?)があるらしく、売り主はなかなか家を片付けなかった。
クロージングの日が決まってやっと、人を雇って片付けはじめたのだが、1日では終わらなかった。

こりゃヤバそうだ、と思ったウチ側の弁護士が、カウンター・ウォークスルーを入れた方がいい と言い出し、本当に荷物がなくなっているのか確認にいったら、たんまり残っているわけです。

それで文句を言ったら逆切れして…… みたいなバトルが最後の最後で繰り広げられてねー。
やっぱり安いモン買うとそういうトラブルはありますね。
うちはいつも、そういう物件ばっかし買ってるような気がする。

売り主・その弁護士・不動産屋の3人は 兄弟かい! と思うぐらいそっくりの、頭にちっこい帽子をのっけたシャイロック・トリオだった。
もうコテコテの人たちである。
コテコテのシャイロック系ジューイッシュほどあくどいヤツらはいない。
私がアメリカに来て、金銭面でキリキリ言わされた相手は全員、シャイロック系ジューイッシュである。
自分さえ儲かればいい、どんなに他人が困ろうが、法律を無視しようが、オノレの金が一番大切って人たちである。

念のために断っておくけれども、私はジューイッシュを差別しているのではない。
私ら側の弁護士もリアルターもジューイッシュである。
息子のフルートの恩師もジューイッシュである。

今回のトリオは、ええ歳こいてロクに挨拶もできない人でなしたちである。
ファッションから一発でコテコテのジューイッシュと判別されてしまうのだから、人から嫌われたり差別されたりすることは慎めばいいのに。
まあ、そんなことを構っていたら金儲けできないのであろー。バカヤロー。

最後の最後のクロージングのときにも、本当にガスが使えるのか分からなかった。
夜逃げしたガールたちがすべての請求書を踏み倒して去っていったために、ガスが止められていたから(たぶん)。

そういう場合、ある程度の金額をエスクローに入れ、新オーナーである私たちがアカウントを開いて設備の問題ではなく単にガスが止められていただけだと判明すれば、エスクローに入れた金額は売り手に戻し、ガス工事をしなければならない状態ならエスクローのお金を使う、というふうにするのが常識なのである。

それをシャイロック・トリオは拒絶するのである。
相手側弁護士は オレは忙しい。法律なんかクソくらえ って言ったらしい(ボーゼン)。

そんなようなことがいっぱいあり、私たち買い手チームはヘトヘトになってしまったが、すべては終わったことである。

そしてクロージングのときに分かったことだが、どうやら売り主はその家をタダでガールたちに貸していたようなのである。
チャリティー活動の一環として、だかなんだかで。
そのガールたちも全員コテコテのジューイッシュであり、なんだか得体のしれないジューイッシュガール・コミュニティーを形成していたようで、家のそこここにマジナイのようなものの残骸が残っている。

何よりもサスガと思うのは、タダで家を貸してくれたオッサンに恩を感じるどころか、ドロドロの状態で夜逃げをし、払わないで逃げられるものは全部すっとばしたガールたちである。
脈々とシャイロック魂が受け継がれているではないか!

クロージングが終わったその足で新居に行き、ロックスミスを呼んで鍵を全部取り替えた。
防げるトラブルは事前に防いでおくにこしたことはない。
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by brook2015 | 2014-08-17 07:51 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 卒業式   

2014年 07月 29日

息子の高校卒業は、引っ越しイベントのゴタゴタのため影が薄かった。

卒業式はリンカーンセンターのエイブリーフィッシャーホールで行われた。
息子はオーケストラの一員としてずっとステージの上で笛を吹いており
私とシャミおは上からそれを見ておりました。

まあ、中学んときの卒業式よりマシだったかな。
わけわからん政治家のスピーチとかなかったから。

息子はAwardを3つ貰った。
全部音楽関係ですが……。
勉強はさっぱりだったが、無事4年で卒業できて希望の大学にも入れたのだからまあヨシとしよう。

息子の友達のジェフリー君は、ありとあらゆるAwardをもらっていた。
奨学金付きのAwardも多数。
結局CUNYにフルライドで進学するらしい。

息子の学友の進学先を聞くと、ブランドにこだわらず実を取る子が多いと実感する。
アメリカの私立大学の学費の高さには、アホらしくて付き合ってられないってことだろう。
Undergraduate にお金をかけず、その先を見越しているのかもしれない。

卒業式の翌々日に息子は日本に行った。
初めての一人旅である。

東京ではマンガ喫茶に泊まり
埼玉にあるフルート工房で楽器の調整をしてもらい
夜行バスで奈良に行って観光し
大阪のマグロ専門店に入り
西日本のばーちゃんちに向かった。

すべて息子の立てた旅程である。
残りの1週間、私の実家でのんべんだらりと暮らしてアメリカに帰国する予定が
台風の影響で飛行機がたぶん飛ばないだろうということになり
帰国が2週間ほどズレこんだ。

土産に私の大好物の柿の種わさび味その他を買ってきてくれた。
ありがたいことである。

およそひと月近く息子が不在だったわけだが
引っ越しや何やかんやで忙しかったこともあり、まったく寂しくなかった。
大学に行っても案外平気なのかもしれない。

今は後手後手にまわってしまった大学のファイナンシャルエイド関係の書類仕事に忙しい。
私がやっていたらとっくに終わっていることも、こればっかりは息子にやらせなければならない。
8月7日が学費納入の〆切りなのに、書類仕事が終わらないせいで、はっきりとした振込金額が分からない、「確定しない」状況にイライラする。

息子の学費関係、次の家のクロージングをすっきりさせ
デモーリションを終わらせたあたりで
ハワイにバケーションに行こうと思う。
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by brook2015 | 2014-07-29 06:25 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン アパート   

2014年 07月 29日

いま、取りあえずの住み家として賃貸アパートに住んでいる。

リノベーション済みの2ベッドルーム。1階のガーデンアクセス付き。
クローゼット無し(!)。
最寄り駅は前の家の2駅先。

このアパート探しが大変だった。
正直、購入よりもむずかしかった。

取りあえずの住まいだから何でもいいというわけにもいかない。
猫のタビちゃんとユズおを連れていける場所でなくてはならないからだ。
さらにはピアノも一緒に引っ越しするので、1階が望ましい。

何軒も見て回ったが、いいなという物件は俊時に奪われていく。
一度など、ドアを開けた瞬間に「あ、決まりました」と言われたことも。

そして、何なのこの審査の厳しさは。

要求されるものは

1. クレジットスコア 680以上(740以上ってとこもあった)
2. 給与明細3回分
3. 銀行明細3カ月分
4. タックスリターン2年分
5. 勤務先からのリファレンスレター
6. 家賃の40倍の年収
7. フォトID

ワシらがかつて賃貸アパートを借りていたのは20世紀である。
20世紀ではこんな厳しいことは言われず、もっと簡単に部屋を貸してくれとったぞ。

そんで、家賃の40倍の年収って、たとえば2000ドルの部屋を借りるとしたら年収8万ドルである。
若いモンはいったいどうやってニューヨークに部屋を借りているのであろー。

どの不動産屋も同じことを言うので、3軒目ぐらいから上記の書類を全部揃えて物件を見に行くようになった。
デポジットを入れるとき、不動産屋のねーちゃんに耳を揃えて全部出したった。

あなたたちみたいなオーガナイズされたお客さんって見たことない って褒めてくれた。
ザマーミロ!

このアパートは1年リースである。
ハウス暮らしが長かった私らは
この狭さと思い通りにならない感じが我慢ならない。

次の家をある程度リノベーションするまでこのアパートに住もうと考えていたが
次の家が最低限整い次第、出て行きたいと強く思う。

幸い、というべきか、バスルームの天井が水漏れしている。
2階住人がシャワーを使うたびにポタポタと汚水が降ってくる。
入居前に修繕すると大家は言ったが、3週間以上たった現在まだ直していない。

これをタテに3カ月ぐらいで出ていったろー、という計画を立てている。

また引っ越しかと思うとゲンナリだし
猫はさらにヤサグレると思うが
考えることは先へ先へと向かっている。

アパートのあるこのエリアはなかなかおもしろいところで
ロシア、ポーランド、バングラデシュ、インド、中国からの移民が多い。
さらには通りごとに細かくモザイク状に棲み分けがなされており
4筋向こうには南アフリカのコミュニティーがある。

スターバックスの1軒もなく、いわばダサい街である。
でもオーセンティックなバングラデシュ料理の店やおいしいタイレストランがある。

こんな雰囲気のところに住んだことがないので、少しの間だけど楽しんでみようと思っている。
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by brook2015 | 2014-07-29 06:10 | その他

言葉変換『もんじろう』用アイコン 次の家   

2014年 07月 28日

次の家はどないしょーということになったとき。
まず最初に考えたのは息子の進学先の州に引っ越すことだった。
そうすれば大学の学費がIN-STATE扱いで安くなるからである。

で、実際に物件を見に行ったりしたのだが、結局辞めた。
その州は固定資産税が高くて、支払う税金の額を考えると
ニューヨークに留まるのとさほど変わらないということが分かったから。

次に考えたのは、Q区の家。
今住んでいるところよりも価格が安いしチョイスがいっぱいある。

で、実際に足を運んで、結局辞めた。
いろいろと理由はあげられるのだが、一番大きかったのは
どーしてもここに住むのは嫌 って生理的に感じたことかな。

なので今いる地元から少し遠く、ってあたりを探すことにした。

「家」と言ってもいろいろある。
夫婦ふたりなので何でもいいっちゃいいのである。
当初の希望は3ベッドルームぐらいのこじんまりとしたところで
猫が飼えて、できればアウトドアスペースがあり、駅から近く。
そして駐車スペースに困らないこと、であった。

世話になったリアルターは コンド・コープなら何でも買えるで と言い
オメーラは老夫婦なんだから集合住宅で慎ましく暮らしてったらええやん 的な雰囲気出してくる。
それで何軒か見たものの、やはり15年の一戸建て暮らしにすっかりスポイルされている私らは、集合住宅はやめよう、ってことになった。
シャミおは庭にトマトを植えたい。
(庭がないと子猫が産まれないにゃー、などとほざいている)
私は気兼ねせずにDIYをやりたい。

だから、ガレージ付きのこじんまりとした家を探すのだが、これがない。
そもそもシングル・ファミリー・ハウスが少ない。
前の家で大家業は向かないとはっきり分かったので、もう2ファミリーは嫌なのである。

リアルターによると、この地区のハウスは争奪戦で、大体2週間以内に全部売れてしまうのだそうだ。
市場にでる物件は少なく、購入希望者はウジャウジャいる。

友人の友人は、COOPを売って一軒家に買い替えようとしているのだが、とっくにCOOPは売れてキャッシュをたんまり持っているにもかかわらずもう1年も家を買えていない、という。
そんな話をたくさん聞いているので、すばやさが勝負だな とハラをくくった。
私に言わせれば、リアルターが物件を持ってくるのを待っているようでは遅い。
自分で探して、リアルターに儲けさせる、ぐらいの勢いでないと、永遠に次の家なんか買えない。

で、Zillow や Truliaに載る以前の、ローカルな不動産屋のネットリストをこまめにチェックし、リストが上がった瞬間にアポイントを入れる作戦に出た。
それで気に入った物件があったので、速攻オファーを入れ、競合者に競り勝ち、たぶん今週中にクロージング予定である。。
オファーを入れるまでに内見した家は10軒もいっていない。
シャミおも私もイメージが出来上がっており、二人でピンときた家に即決しよう と話はまとまとっていた。
リアルターもあっと驚く素早さで、次の家、決めたった。

当初の予定のこじんまりとした・駅から近くの・ガレージ付き一軒屋は、前の家よりもはるかに大きい・駅からそんなに近くない・ガレージ付きの一軒屋に変わった。

私は腰が悪いので、できることなら平屋が良かったぐらいなのである。
なのに次の家は地上3階地下1階の4storyである。
ベッドルームは5つ。
バスルームも3つ。
夫婦二人暮らしにいくらなんでもこの広さ。

そんなはずではなかったのにこんなデカい家になってしまったのは、ひとえに価格が安かったからである。
こじんまりとした家の方が、はるかに高価格で、手が届くのがなかった。
何故この家が安かったのかというと、ボロかったからである。
前の家は1920年代のシロモノだったが、今度は1899年築である。
ボイラーは元々薪をくべていたのをオイルにしたような年代ものである。
サイディングなど、1940年代のものである。

こんなに広い家なら猫を10匹ぐらい飼わないとな とシャミおが言い放った。
目が本気だった。

絶対嫌です。
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by brook2015 | 2014-07-28 20:27 | その他