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言葉変換『もんじろう』用アイコン 私の宝石物語   

2015年 10月 30日

私は大きな石の付いた指輪を二つ持っている。
ちょっと長くなるけど、その話を覚え書きを兼ねて書いておきたい。

話は私の母方の祖父にさかのぼる。

祖父はあの頃、中国東北部、旧満州のソ連との国境付近の村で大農園を営み牛馬を育てていた。
祖母との間には5男1女がいた。
その、6人きょうだいの中の唯一の女の子が私の母である。

母はハルピン生まれ。
中国人のばあや や ねえや に手厚く世話されながら、蝶よ花よと育てられた。
母はいまだに当時の女王様気質が抜けず、頭にくることがしばしばある。

やがて戦争が終わり、祖母は子供たちを連れて日本に引き上げた。
ただの一人も残留孤児にしなかったのが、祖母の誇りだった。

祖父はというとソ連軍に捕まりシベリアに連行された。
日本に帰国できたのは1956年。
実に10年もの抑留生活を送った。

とはいえ、家族は祖父のことをとっくに死んだものだと思っていた。
シベリアに抑留されていたなんて、全然知らなかった。
帰国の2年前に突然シベリアにいる祖父から手紙が届き、生きていることを知ったのだった。
そして日ソ共同宣言が発行された年に祖父は帰国した。
11歳で終戦を迎えた母は、22歳になっていた。
父と結婚する半年前のことだった。

シベリアに抑留された人の大半は(かの地で非業の死をとげた方をのぞき)2〜3年で帰国している。
何故祖父が10年余の長きに渡って抑留されていたかというと、戦争裁判で戦犯として25年の刑を課せられたからだ。
何故農場経営者の祖父が戦犯として裁かれたかというと、祖父は実は関東軍特務機関に属する諜報部員、つまりスパイだったからだ。

母はそのことをまったく知らなかった。
祖父がシベリアから戻って、はじめてその事実を知ったそうだ。

そういえば……ときどき馬にのって出かけては2〜3日家に戻らなかったことがあった。
国境付近の偵察に行っていたのかもしれない。


と母は言った。

祖父はシベリア抑留時代のことをほとんど喋ろうとしなかったし、すでに他界しているので、詳しいことは分からない。
息子はスパイだったひい爺ちゃんに憧れ、しばらくの間スパイになるべく自主連していたりしていた……(懐かしー)。

話をシベリアに戻して(笑)、かの地で祖父は大工をしていたという。
手先が器用なので重宝がられ、特別給金が出たりした。

ほかの抑留者は給金を手にすると酒やタバコを買ったりするところだが、祖父は酒も飲めずタバコも吸わないので給金を使わずにいた。
10年も抑留されていたのだから、使わなかった給金はささやかながらまとまった額になった。

そしていざ帰国、となったとき。
ソ連のお金なんか日本ではただの紙くずである。
祖父はその金で、家族への土産を買った。

といってもかさばるものは持ち帰れないので、息子たちには万年筆、妻と娘には指輪を買った。

冒頭で書いた「大きな石の付いた指輪ふたつ」とは、その指輪のことなのである。

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母の指輪は写真の、薬指のものだ。
私が22歳のとき、この指輪を母にもらった。

私にくれるまで、母はこの指輪を引き出しの奥にしまったままにしていた。

なんだか冴えない色で、いかにも旧ソ連らしいセンスのない洗面器みたいなダサいデザインだし、付けられたもんじゃない。

と言っていた。

私はこの指輪を、大手宝石チェーン店に就職した親友のところに持っていって、石の種類と本物か偽物かを調べてもらうことにした。
ついでに「洗面器みたいなダサい」台座のリフォームもお願いした。

その結果、この石はアレキサンドライトだと言われた。
リフォームを担当した職人さんは ルースで60万円ぐらい、まわりにメレダイヤをちりばめて500万円ぐらいの指輪に仕立てる感じですかねー などと言うのである。

言われてみると、お日様の光で青緑、白熱灯で赤紫に変色する。
そんな値打ちのあるものだとは思ってなかったので母に返そうとしたら いいから持っとけ と言う。

私は宝石に興味のないオンナである。
結婚指輪もここ20年ぐらいしていない。
セメントを手で混ぜるのに邪魔だから。

だから私もこのアレキサンドライトを引き出しの奥にしまいこんだままにしていた。

さて、年月はざーざーと流れ、2005年のことだ。
アルツハイマーを発症した祖母が、スパイじいちゃんが祖母に与えた指輪を母に渡した。
母がその指輪を見るのは50年ぶりだった。

祖母はその指輪を本当に大切に大切にしていたのだろう。
どこかにしまい込んで誰にも見せなかったし、そんな指輪があること自体息子たちやその嫁に悟られないようにしていた。

前のエントリーに載せた写真の、中指の指輪は、どうみてもサファイアである。
しかもかなり大きい。
祖母は祖父の貴金属に対する目利きを信用していて(何しろ昔は金持ち)
その指輪が家庭騒動の元になるのを怖れていた。
そしてこっそりと一人娘に譲ったのだった。

その年の夏実家に帰省した折、新聞の折り込みチラシを見ていたら
地元のデパートで「宝石お直し会」の催しがあるのを見つけた。

タンスの奥に眠っているジュエリーをリフォームしませんか?
無料で鑑定・鑑別いたします。


と出ていたので、母と二人で祖母のサファイアの指輪を見てもらうことにした。
名のあるデパートの催しなら、いい加減な業者じゃないだろう、プロがやってくれるだろう、と思ったから。

そしたらその鑑定人がエラい興奮して言うには

これはカシミールサファイアですよ。
購入した年代と場所からいっても間違いありません。
私も本物を見るのはこれで2個目。
カシミールサファイアの特徴としてシルクインクルージョンといって
白いもやのかかったような内容物があるものが多いのです。
この石がやっかいなのは、そのインクルージョンすらほとんどない。
先日取引されたカシミールサファイアのリングはもっと小さいもので1200万円でしたから
これだと1800万円ぐらいですかね。


などとヌカすのです!

スッピンにつっかけを履いて豆腐を買うようなナリでいた私は、ちびまるこちゃんの額に3本線が入るような顔になり、そんなものをもってブラブラ街を歩いている場合ではないと、タクシーにのって速攻家に帰った。

帰宅すると、母がそのサファイアの指輪を私にくれると言う。
私は そんな恐ろしいものは欲しくない そんな高い宝石、どこに付けていけるっちゅーねん と言って断った。
さりとて、「そんなの付けてどこ行くねん問題」は母も同じ。
外国に住んでいるのだから困ったら売ればいい、などといって私に押し付けた。

そして私はアメリカに戻って貸金庫を借り、家の権利書と一緒に二つの指輪を入れてそのまま放置。
またまた月日はザーザーと10年ほど経ったのであった。

 ………………………………………………………………………………………

私は二人きょうだい。
兄が一人おり、その兄には娘・娘・息子の3人の子供がいる。
その一番上の姪っ子がこのたび結婚することになった。

私は兄と仲が悪いが姪は可愛い。
結婚祝いをどうしようかなーと考えているうちに、ふたつの指輪のことを思い出した。

姪はプロのバイオリニストである。
私が生まれてから1度も着たこともなければ、今後も着ることもなく死んで行くに違いないようなお引きずりのドレスを何十着も持っていて、それでステージにあがる。

姪なら、あの宝石たちをしまい込んだままにせず活用してくれるだろう、と思った。

「姪の結婚祝いに宝石を贈る」 というアイデアが浮かんで、10年ぶりに貸金庫から指輪を取ってきた。
どちらを贈ろうか、二つとも渡そうか、などと色々考え、現在の宝石相場をネットで調べたりするうちに、大きなクエスチョンマークが頭の上に点滅しはじめた。

カシミールサファイア
は現在まったく産出されず、宝石業界の人間でも一度も本物を見たことのない者がほとんどである。
現在1カラットあたり500万円で取引される。

アレキサンドライト
特にロシア産のものはほとんど市場に出回っていない激レア・ジュエリーであり、大きな石は99.999%偽物である。
それが1902年にロシアから移民してきたお婆さんから譲り受けたものでも、そのお婆さんの名前がエカテリーナでも(!)、ロシア産アレキサンドライトと言われる宝石は、ほぼ偽物である。

などという話ばっかりである。

いくら私がアルコールに脳を冒されたおいぼれでも、宝石業界の人間も見たことのないサファイアと、本物なんか99%ないんだと言われているアレキサンドライトが、ふたつとも自分の指にはまっている、などと言いはれるほど目出たいお馬鹿さんではない。

それに10年抑留されていたとしても、元捕虜の囚人の給金で、60年前だって相当高価だったに違いない本物のサファイヤやアレキサンドライトなんか買えるものだろうか。

いくら一人で頭をひねっていても、正しい答えなど出てくるはずもない。
そこで一度きちんとした鑑定期間で見てもらい、この宝石どもに引導を渡してやろう、という気持ちになってきた。

そのへんの質屋や宝石店じゃなく、誰もがひれ伏すような世界ブランドの鑑定機関。

ダイヤモンドの鑑定だと、アメリカのGIAという機関が権威らしい。
色石の場合、産地鑑別レポートで信頼できるのは、スイスのGubelin (グベリン宝石研究所)とアメリカのAGL(American Gemological Laboratories)の、世界でこの二カ所だけしかなく、スイスのグベリンは個人客の依頼は受けない。
となると、アメリカのAGLに依頼するしかないのだが、これが運よく家の近くである。
行きつけの歯医者の50歩先ぐらいのところにある。

まだ2%くらい 本物かも っていうスケベ根性が残っているので、郵送依頼したりするのは嫌なのだ。
歯医者の帰りにAGLに指輪を持って行った。

そして本日鑑別結果が出た。

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両方とも偽物だった。
いや、正確にいうと偽物じゃないな。「人造石」というのかな。
ガラス玉じゃなく、ラボで作られた石だった。

ああーやっぱりなー っていうのが正直な気持ち。
良かったわ〜、姪にどや顔で偽物の宝石なんかプレゼントしなくて。

スパイじいちゃんはこの指輪を本物と思って買ったのかな? 偽物だと分かっていたのかな?
50年間(祖父亡き後40年間)絶対に本物だと思って大事ににしていたおばあちゃん。
たとえ本物でなくても、祖父がシベリアから持ち帰った指輪には何ものにも代え難い値打ちがあることにかわりはないのだが、どないなっとんねん、日本の宝石業界の目利き能力は!(笑)

今回の宝石フィーバーにあたり、シベリア抑留のこともたくさん調べた。
私はほとんど何も知らなかったし、母に聞いても同様だった。
以前は「シベリア抑留」と聞いても記号の一つにしか感じられず、映画の中の話のようだった。
今はそんなひどい体験が10年の長きに渡りほかならぬ自分の祖父の身に起こったことに、身震いする思いだ。
「共産党」という言葉すら嫌いになった。

この指輪を見ていると、今は亡き祖父や祖母の顔が浮かんでくる。
もう一人、アレキサンドライトの指輪を直してくれた親友の顔も。
彼女も数年前に乳癌で死んでしまった。
ほんのひとかけらでも彼女のことが頭をよぎると、会いたい気持ちで目の奥が熱くなる。

私は指輪を、ほかのアクセサリーを入れているオルゴールに入れて蓋を閉め、鑑別書を片付けた。

姪には何か別のものを贈ろう。
そしてこの指輪たちはもうしばらく私が持っていよう。
貸金庫も解約しよう。

私がいつか芯からヨボヨボになったときこの指輪をもらってくれる人が現れたら、「私の宝石物語」を知ってもらいたい。
その時まとまりのある話ができるかどうか自信がないので、ここに書き記しておく。
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by brook2015 | 2015-10-30 10:31 | その他